共にいる神、ということを考える時、私はクリスマスについての聖書の記述を思います。なぜなら、ここにとても好きな言葉が出てくるからです。マリアが身ごもったことを知っ...
共にいる神、ということを考える時、私はクリスマスについての聖書の記述を思います。なぜなら、ここにとても好きな言葉が出てくるからです。マリアが身ごもったことを知っ...
私が小学校3年の時のクリスマスの夜に、私の家族はみんなで洗礼を受けました。その前の年に、小さな弟が急性肺炎で亡くなって、父と母が、その小さな子のお葬式を教会でし...
ストレスとは、まことに厄介なものだと思うけれど、人はストレスが何もなければ、何もしないとも聞いたことがあります。私の場合、考えてみたら、ストレスと思う時には、た...
人が「岐路に立つ、」というほどの言葉で表現するのは、よほどの困難の時でしょう。でも、人生には、確かにそのような時が度々あるのだと思います。さんざん迷って、悩んだ...
天の国の鑑、ということを考えた時に思い浮かぶのは昔友人からもらった美しい絵はがきです。それは、美しいけれど年老いたマリア様が、すこし悲しそうな表情をして、冠をい...
アガサ・クリスティーが「ベツレヘムの星」という短編集のなかで「島」という話を書いています。十字架上のキリストに言われた通り、ヨハネの面倒を見て老いていくマリア様...
無限の可能性ということは、ふだん世の中で使われると、若者には無限の可能性がある、というような使い方だと思います。私はそういうことはあまり考えたことがないのですが...
古い自分を脱ぎ捨てる、とはなかなか難しいことだと思います。でも、たぶん自分で決めるというよりも、何かの具合で、すこし別な角度から自分を見るとか、別なことを始める...
本当に不思議なことですが、若い時に読もうと思っても、どうしても読みすすめられなかった本が、今はとても気持ちよく、ほとんど楽しいとさえ思いながら読むことが出来るの...
私は何かをする時に決断をするということがあまりないような気がします。変かもしれませんが、それをすることが自分にとってごく自然だと思うと、それがとても難しそうに思...