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根っこ

シスター 山本 久美子

今日の心の糧イメージ

 修道院の庭には、立派な大木が何本かあります。少々の雨なら雨宿りができるほど大きく枝を広げ、葉を茂らせています。木の根元に目をやると、土が盛り上がり、枝ほどもある太い根が勢いよく張り巡らされ、地面のタイルを押し割ってしまうほどです。

 マルコ福音書(4・6)の「種をまく人のたとえ」には、根がないために枯れてしまう種の話があります。では、私たちの存在を支えている「根」はどこにあるのでしょうか。木の根が地中にあって隠れていても、その深さが樹木の姿を決めるように、人の根も目には見えずとも、人の在り方に大きく関わっていると感じます。

 「三つ子の魂百までも」と言われるように、一人ひとりの()(よう)は生育歴と密接に結びついています。私自身、幼少期に親から受けた影響が今なお心の反応や言動に現れるのを意識することがあります。しかし、私たちの命、存在そのものは、それ以上に大きな「いのち」に生かされています。それこそが、私たちの真の「根っこ」ではないでしょうか。

 10年以上もの間、重い病の床にあった友人のことを思い出します。
 彼女は、どんなに苦しい状態でも、寝たきりで何もできない時でも、人間的に見ればどれほど惨めに思える状況であっても、「自分の存在は大きな御手(みて)に支えられている」と、どこかで感じ続けてきたそうです。奇跡的に回復した彼女は、それをキリスト者としてのいのち、秘跡の力だと語っています。

 私たちの存在の根っこは、神の愛です。たとえ心にいろいろな囚われや偏りがあったとしても、神の似姿(にすがた)として造られたという事実は揺らぎません。

 日々の祈りの中で、自らの根源である神の霊の働きを意識しながら、日々歩み続けたいと願っています。