

イエス・キリストが話した「種まきのたとえ」というたとえ話の中に、こんな話が出てくる。
ある人のまいた種がいろいろなところに落ちたが、ある種は土が少ないところに落ちた。土が少ないのですぐに芽を出したが、「根がないので枯れてしまった」というのだ。(参 マタイ13・6)
まかれた土地が人の心で、種が信仰だとすれば、これは頭だけで信仰を受け入れたが、心の奥深くで確信するにいたらなかった人のことだと言っていいだろう。
「神さまはすべての人を愛している」と頭で理解したが、まだそれを自分自身のこととして受け入れられていない。「こんなわたしでも、神さまは愛してくださっている」と思えていない。そのような状態を、イエスは「根がない種」にたとえたのだ。
深く根を下ろした種、「神さまはわたしを愛してくださっている」という確信は、簡単に枯れることがない。どんな試練が襲いかかっても、「神さまはわたしを決して見捨てない。必ず助け出してくださる」と信じて乗り越える強さを持っている。何より大切なのは、心の奥深くで信じること。信仰の根を、心の奥深くに張り巡らすことなのだ。
根を深くおろすために、感謝することから始めたい。
朝起きられたことに感謝し、食事がおいしく食べられたことに感謝し、心を打ち明けられる友がいることに感謝する。そのような感謝の一つひとつが、「わたしは神さまから愛されている」という確信を深めてくれる。一つの小さな感謝が生まれるたびごとに、信仰の根はわたしたちの心に少しずつ根を伸ばしていくのだ。
何があっても動じない信仰、「神さまはわたしを愛している。何があっても決してわたしを見捨てない」という確信を、日々の生活の中で育てていきたい。