

数枚の写真で見たに過ぎなかったけれども、山地に広がる原生林の神秘的な姿に魅了されたことがあった。
ブナの木々は囁き合う乙女のように身を傾けていて、古い精霊の声が霧の中から聞こえてきそうだった。だがこの乙女たちも、現実には地下にしっかりとした強い根を張っており、そのおかげで、たおやかに立っていられるのである。
人間にも見えない根っこがあるだろうと思う。それは、育った故郷や愛着のある土地の土を掴んだ根であるかもしれない。幼い時、愛情を注いでくれた家族や誰かに育てられた根かもしれない。それぞれに異なるその人の拠って立つ大事な根っこがあるのである。
人の中には、人間らしさを育む土壌があるように、私には思われる。そこでは愛着や愛情の他に、思いやりや誠実さ、忍耐力など、徳目と呼ばれるあらゆる善きものが培われる。人間らしい心を作る、と言ってもよい。
幼い時期に、その土壌に無償の愛情を充分に注がれていれば、注がれた愛情を受け止める能力と他者のことも思いやる能力が育つだろう。人として大事な根っこができ、その根は強く伸びていく。そして不思議なことに、幼いものを慈しんだ者の根も伸び広がっていくのである。
確かに人も樹木も、年を経てなお与え続ける者ほど、自身を支えるしっかりした根を持っている。折々に、私も自分の根っこが眠っていないか確かめたいと思う。
自分の中に善きものがあるならば、人々のために捧げられるように。昔も今も愛情を注いでくれる存在に感謝を忘れないように。
そして、林の中に慎ましく立つ、一本の木のようでありたいと思う。