

私は20代後半から30代前半の約5年間、深い苦しみの中にいた。
初めの2年間は、今の生き方を変えるのか、そのままでいるのか、祈りながら身の振り方を決めなくてはならない時期だった。このときの私は、孤独で、身の置き所がなく、もだえ苦しんでいた。
やがて結論が出てそれまでいたグループを出た。そこからの3年間は、生活費がぎりぎりで日々不安に打ちのめされた。しかし、とてもはっきりとした神さまの助けがあった。
まず、始めたばかりの神学の勉強をそのまま続けられるように奨学金が与えられた。神学は、イエス・キリストの愛に満ちた生き方を学ぶ学問なので、限りなく美しい。イエスのお心を知れば知るほど新たな感動をおぼえ、学びながらよく泣いた。勉強が支えとなり、なんとか気持ちのバランスをとることができた。
この暮らしを始めたとき、私には椅子もなく、段ボールに座って数ヶ月を過ごしたが、あまり気にならなかった。
また、毎週の「祈りの集い」に出るとたくさんの仲間にいつも励まされた。
先のことを思うと、真っ暗闇で恐ろしくなる日もある。だが、ひたすら祈り、神さまに身を任せた。幼子がお父さんの服にしがみつきながら運ばれているような日々だった。いくら自分で何とかしようとしても、どうすることもできなかったからだ。
しかし、今思うと、あの頃は神さまにすっぽりと守られていた。お金がないので傲慢な気持ちはみじんもなく、気晴らしをしようにもどこにも行けないので時間を無駄にしなかった。病気をすると、遠方の神父さまが私の危機を祈りの中で察知して送金してくれることもあった。
私は神に頼り、神のふところに深く根を下ろした。