

世界を見渡すと、人種、宗教、文化、国家などにおいて多様な姿を呈しています。それが人間社会の現実です。
この多様な世界で平穏な生活を保つことはたやすいことではありません。
パウロはコリントの信徒に宛ててこう励ましています。
――体は一つの部分ではなく多くの部分からなっています。・・・だから、 目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。―― (参 1コリント12・12~22)
非難するのではなく互いに支え、補いあうことの大切さを訴えています。仮にこうした多様性を認めないとしたら一体何がおこるのか。
それは人類の歴史をみれば明らかです。
そして、人間の利権争いから離れて、自然に目を向けるなら、全く別の局面が見えてきます。
19世紀英国ヴィクトリア朝の詩人G・M・ホプキンズは、自然をこよなく愛し、そこに表われる美しさの多様性に魅せられました。
その一部をご紹介します。
――神に御栄えあらんことを 斑(ぶち)のもののために――
ぶちの牛のように くっきりと白い雲を浮かべた青空のために
水を切るますの黒く散りばめられた背にうかぶばら色のぶちのために
ぱらぱらと落ちるとちの実の鮮やかな炭火の輝き ひわの翼――
この世界の、多様な「小さなまだら」のものの故に、神に栄光!
神に賛美!
*詩の日本語訳は次の翻訳書からとりました。
『ホプキンズ詩集』安田章一郎・緒方登摩訳(春秋社、1982年)「美しきまだら」