

ある夕方、最寄りの駅で電車を降りると、階段の横で前かがみの姿勢で苦しそうにしている老婦人を見かけた。声をかけてみると、しきりに痛みを訴え続けた。
「足がつったみたい!痛い、痛い、痛いよ...」
とりあえず彼女の体を支えながらゆっくりとベンチに座らせた。腰を下ろすと、婦人は私の手を必死に掴んだまま離さず、青ざめた唇からは喘ぐような荒い息が止まらなかった。その様子はどうみてもただ足がつったのではなさそう。しかし、ホームには私以外誰もいなかったので対応に困ってしまった。
その時、後から力強い声がした。
「大丈夫ですか?発作でしょうか?」
振り返ってみると、若い駅員がいつの間にか立っていた。
驚く私に「只今、助けが必要だと乗客からの通報を受けました」と簡単に説明を済ませ、即座に婦人の前にしゃがんで事情を聞き取った。状況を把握すると、間髪容れずに次の行動に移った。
「ここは寒いですので、とりあえず駅員室まで移動して、救急車を呼びましょう」
話が終わるやいなや、もう一人の駅員が空の車椅子を押しながら現れた。その後の一連の処置は流れるようにスムーズに行われ、手際の良さに脱帽した。
ホームの急患を助けたい。私はその場で介助をし、別の乗客は駅長室に通報しに行く。若い駅員はすぐに適切な初動対応を行い、もう一人の駅員は経験上車椅子が必要と判断した。
それぞれ違う行動ではあったが、同じ目標に向かって自分なりの最善を尽くしたことで、良い結果に結びついた。
この多様性に富む体験を通して、教会が目指す姿を見た気がする。
一つの道に、様々な歩み方。
愛の共同体の一員として、多様な形で神に仕えていきたいと思う。