

花の名所として知られる山奥の寺院に、桜を見に行ったときのことだ。見終えて帰ろうとしている途中で、道を間違えて、まったく知らない場所に出てしまった。
「困ったな」と思ってしばらく山道を進んでいくと、遠くの山肌がピンク色に染まっているのが見えた。「何だろう」と思ってさらに道を外れ、そちらの方に行ってみると、なんとそれは山肌を一面に埋め尽くした桜だった。山里の段々畑のそれぞれの段に、数十本ずつ桜が植えられており、それが満開を迎えていたのだ。
ガイドブックにも載っていない、本当に山奥の小さな里に住む人たちが、人知れず大切に育てていたのだろう。その桜の景色は、お目当てにしていた寺院の桜に負けないくらい見事なものだった。
間違って入り込んだ道ではあったが、これだけ見事な桜と出会えたのだから、結果としてこちらの方が正しい道だったのかもしれない。段々畑の桜を見ながら、わたしはそう思った。
人生の道のりでも、ときどき似たようなことがある。
「こんなところに来るはずではなかった」と思うような場所で、思いがけない出会いに恵まれ、「実はこの道の方が正しい道だった」と気づく。そんなことがよくあるのだ。わたしたちはときどき、自分で勝手に「わたしはこの道を進むべきだ。この道を行かなければ幸せになれない」と決めつけ、その道だけを正しい道と思い込んでしまうことがある。
だが、実際のところ、わたしたちはすべての道を知っているわけではないし、どれが本当に正しい道なのかわかっていない。
「間違った道」と初めから決めつけず、神さまが導いてくださる道を、どこかに待っているはずの素晴らしい出会いを楽しみにしながら、進んでいきたい。