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松本 准平

今日の心の糧イメージ

 昨年、私が監督を務めた「長崎-閃光(せんこう)(かげ)で-」の上映でバチカンを訪れた。
 自分の映画を携えて、カトリックの中心地であるバチカンの地を踏むことがあろうとは、昔は、いや、たった一年前にも露とも思わなかった。

 常々「原爆の映画を撮りたい」と思ってはいたが、こんなに早くチャンスが巡って来るとは思っていなかったし、そもそも「映画監督になりたい」と思い始めたのは、社会人デビューを目前に控えてからのことで、それまでは考えたこともなかった。

 人生における道というのは、当然ながら「初めて()く」道だ。どこに辿り着くのか、何が待ちかまえているか、誰と出くわすかも、さっぱりわからない。人生の道の本性(ほんせい)とはすなわち「初めて」なのであり、その「用意出来なさ」である。

 しかし僕達はそれが幾分怖くもある。「初めて」を「何度目か」に、「用意出来なさ」を「用意周到」に、変えたいのだ。だけど、人生の(とど)まることのない流れの中で、それは土台無理な話だ。出来るとしても、「何度目か」のように、「用意周到」かのように、自分を錯覚させながら生きることぐらいだろう。

 若かりし日、安定した進路に進むか、清水(きよみず)から飛び込んで挑戦するか悩んだことがある。その時、哲学者のベルクソンを通じて、「用意出来なさ」=「潜在力」なのだと教えられ、吹っ切れた。人生のこの道は未知なるものに満ちている。それに不安を覚えるか、期待するか、僕達各々に自由に委ねられている。

 「今見えているもの」も「未だ見えないもの」も受け入れ、信じることができれば、なんと素晴らしいだろうか。

 バチカンで驚いた。サン・ピエトロ大聖堂に続く道の、こんなにも真直ぐなこと――。