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堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 私は十字架の前で日に一度は黙想します。教会に行ける時には、祭壇正面の十字架を見上げて祈ります。

 十字架の形は文字通り横と縦の棒が交わって出来ています。横棒は「横の道」、縦棒は「縦の道」と言えると思います。

 イエスさまが両手を広げた「横の道」は、人びとを集め包み込むように見えます。しかし、人びとの集まりは互いの思惑(おもわく)があり、ひとつになるのは容易ではないと思います。「縦の道」は、イエスさまご自身が天の御父への道につながり、横の道の難しさを真の愛で満たします。

 私の母の人生の道は平坦ではなく、自分のことは二の次で、重荷を負った人生を歩んできたと思います。どうしてこのような人生をと思うことも多々あり、何度も泣き崩れる母の姿を見てきました。

 そんな母との思い出の中に忘れられない出来事があります。

 今から20年以上前、母が上京してきた折、ヘルマン・ホイベルス原作、ヴィンチェンツォ・チマッティ作曲のオペラ『細川ガラシア』を一緒に見に行った時のことです。
 そのオペラの中に、侍女、清原(きよはら)マリアからガラシア夫人が洗礼を受けるシーンがあります。その時、ふと隣の母を見ると、今まで見たことのない涙が母の頬をつたっているのです。

 舞台上のガラシア夫人はそれまでの気丈さが消え、ひっそりとしとやかで、心から美しいと思える姿でした。そして母の涙も、ただ天上からの愛に感謝するものでした。

 私自身も母には苦労をかけましたので、亡くなった今でも申し訳ない気持ちがあります。
 そうだとしても、母の人生の道で一度でも、「こんな幸せなことはない」と思った恵みの時があったことを、神さまに感謝しています。