

「私はいつも迷いながら生きているなあ」と思います。我が青春時代も、今も、迷いの人生だなあ、という想いです。
第二次世界大戦前の幼稚園時代では子供でしたから「迷いの感情」という言葉を知りませんでしたが、湧き出してくる哀しい気持ちや父や母への怒りや悲しみを表現できないとき、どうしていいかわからず、泣いていたようです。
兄と姉二人、そして、末っ子の私。そのせいか我儘に育ったので、どうも将来が、はっきりしない子供だったようです。ただ立派な軍人になりたいと考えていた記憶があります。
さて私の大学時代は第二次世界大戦が終わって十年くらい後ですから、栄養失調でやせ細り、仕事が無い人々も多かったようです。充実した学生時代も司法試験や外交官試験には合格しませんでしたが、就職先も決まり、最後の青春の旅を学友と楽しみつつ、卒業式を迎えました。
将来の道を決める必要に迫られるのですが、迷いの連続で、いつも選択に追われた青春でした。洗礼を受けるときも、迷いがありました。
青春時代の記憶として「何故、神様は私を試練と困難に合わせるのかなあ」と、ぶつぶつ文句を友人に言っていたようです。しかし、厳しい人生体験を重ねるうちに私は何と幸せな人間だろうとも感じだしたようです。
有難いことに、私が信じている神様は天地万物の造り主です。その独り子のキリスト様が私達地上の人間に聖霊を送って下さいました。
この聖霊様の優しい働きを身近な神父様とともに考えていると、それぞれの立場での道は見えてくるようです。