

道とは、何か目的に向かって歩むものだと漠然と考えてきました。けれど、今、道はここにすでにあるものだと気づかされます。道は祈りのように、人々の想いや人生を運び、それぞれが何かに応えてきたプロセスです。
私たちは、毎日道を歩きます。同じ道でも、自分の心の状態や見方によって、また季節によって風景が変わります。見慣れた風景の中にある小さな変化や呼び起こされる記憶は、私たちの道を深めます。日々、私が歩いている道は、多くの人々も歩いた道です。私と同じように何度も歩く人もいれば、初めて歩く人もいるでしょう。
道は、語らずして語っています。これまでこの道を歩いた人々を思い起させてくれます。道はただの通路ではありません。歩いた人々の人生はどのようなものだったのかと、私を祈りに導きます。
ある時、毎日のように出会う親子の存在に気づきました。幼稚園に通う女の子とその妹と思われる女の子、そしてその母親は、いつも楽しそうです。お母さんは、小さい妹の歩調に合わせて歩いています。その少し前を歩くもう一人の女の子は、先に進んではふり返って母と妹の存在を確認しています。小さい妹は、時々手をつながれながら歩きます。そんな様子から、私自身が母と歩いた道、そして御父である神と共に歩んできた心の道を想いました。
道には分かれ道もあります。どちらへ進むべきか迷い立ち止まった時、自然の働きや心の奥のささやき、出会う人々が道を示してくれました。祈りの中で、道は静かに開かれていくという感覚を味わいました。気がつくと、いつも誰かと共に歩んできた道です。
はっきりとした言葉はなくても、道は、誰かと共に歩くことで、祈りとなると気づかされます。