

或るキリスト教雑誌で、詩の投稿欄の選者をつとめている。毎月多くの投稿作品を拝見して、気がつくと10年を越えていた。
信者の方々の投稿作品は、日常を題材にした素朴な詩でも、そこに信仰がこもっているので、心打たれることが多い。病や死をテーマにした詩は更にである。
先月の投稿に、「道」という作品があった。投稿者は熊本県の感性優れた書き手。
96歳の曽祖母が亡くなった時の最期の言葉が、今でも彼女の魂の奥底に宿って消えないという詩である。曽祖母が亡くなった時、彼女は僅か6歳だったので、ただその言葉だけが記憶に強く刻まれた。そして歳月が過ぎ、大人になって初めてその意味を理解する。
曽祖母はこう言ったのである。
「あの道の美しさぁ」。
あの道の美しいことよ。語尾にさぁをつけるのは暮らした土地の言葉だろうか。
亡くなる前や、また手術後、麻酔が覚める時に意味深い幻を見る人は多いらしい。死の近くにあって、脳がその人の一生を象徴するような光景を見せてくれるのかもしれない。
曽祖母は、輝く光の存在に向けて、一本の道が真っ直ぐに伸びているのを見たのである。その道は彼女自身の道だった。今まで乗り越え、歩んできた道のりであり、これから光の中を進んでいく道だった。それがこよなく美しかったことに、ひ孫である書き手は感動し、生きる希望を抱く。曽祖母の人生を導いた光の存在が、自分を導いてくれていたことにも気づく。
いつか来るその時、美しい道が見える者でありたい。その思いだけで、私たちの魂はあふれる。あふれながら日々を歩いて行く。