

「隣人愛」という言葉を聞くと、私は誰かに何かをしたことよりも、たくさんの人に優しく助けていただいたことが思い浮かびます。
20代半ば、一生涯やり遂げようとして入った世界で8年が過ぎたころ、私は突然その道を中断しなければならなくなりました。今はそれでよかったと思いますが、当時は大変なショックでした。
将来の方向性がまるでわからなくなり、希望もなく霧の中を歩いているような状態で、やっと生きている感じでした。
そんなとき、教会の近くでYさんにバッタリ会ったのです。顔見知りでしたが、ゆっくり話したことはありません。この偶然が何だか嬉しくなって立ち話をするうちに、近くで働いていることがわかりました。「私は秘書で、仕事部屋には私しかいないから、いつでも遊びに来て。あまり忙しくはないの」と言ってくれたのです。
それ以来、私はよく彼女に会いに行くようになりました。そこでたくさんの思いを話すことができました。
彼女はニコニコして話を聞き、批判せず、アドバイスもしません。自己不信と自信喪失の波に翻弄されていた私に「そうよ、それでいいのよ」といつも肯定的な言葉をかけてくれました。
ありがたいことに、彼女も全く私と同じ経験をした人でした。この体験がどれほどダメージを与え、信仰の危機にさらされるか、そこから立ち上がり、生活を立て直すのにどんなに労力がいるかをわかってくれました。これ以上適任の人はいません。
神さまは本当にお優しい方です。
いつも最後に二人でお祈りをしてから別れました。
3年後、私は希望をもって就職することになりました。
「神のなさることは時にかなって美しい」(伝道の書3・11)という言葉の通りです。