

3月25日は「神のお告げ」というカトリック教会の祭日です。
「受胎告知」とも言われ、おとめマリアのもとに大天使が現れ、マリアが神の子イエス・キリストをその胎に宿し、生まれることを告げたという出来事を記念します。
マリアは、最初は天使の言葉にとまどったものの、神の働きに信頼し、「お言葉どおり、この身になりますように」と、神の母となる使命を受け入れた(参 ルカ1・26~38)ということです。
「この身になりますように」というこの言葉は、"Let it be to me"と英訳され、"Let it be"は、「なすがままに」という意味です。少し印象が変わるかもしれませんが、自分ですぐに答えを出そうとせず、神に、流れに身を任せて「やり過ごす」ということではないかと思います。
たとえ強い信仰の持ち主であったとは言え、若い未婚の女性が、容易に受け入れることなど到底できない出来事です。
「何が何だかわからない」というのが正直な気持ちだったのではないでしょうか。自分の身に、前例のない、人間の思いを超えた出来事が起ころうとしている...その不安で、どうしたらよいのかわからないで、やり過ごす姿の方が自然体のように感じます。
マリアは、急いで、大天使から告げられた老齢の親族エリザベトの懐妊を確かめに行きました。この姿も、マリアのモヤモヤした気持ちの表われかもしれません。
聖書には、マリアが「これらの出来事を全て心に納め、思い巡らしていた」(ルカ2・9)という印象的な言葉が記されています。
この「思い巡らす」というのは、マリアの、あるいは私たちの悩みながらの人生の中に、すぐに意味や答えを求めすぎずに、フラットな状態でやり過ごしてみるということではないでしょうか。