

もう十数年も前になりますが、数年間 海外に留学させていただいたことがあります。
もともと外国語が苦手だった私にとって「ことばの壁」は高く、なかなか思うようにしゃべることができない日々に、ため息の連続でした。
そんなある日、バスに乗ると車いすに乗った一人の若い女性が一生懸命背伸びをしながら、自分が降りるバス停が間近なのか、そわそわしている姿が目に入りました。バスは混み合っており、その女性と私の距離は遠く、また言葉がよくわからないから話しかけてもかえって迷惑かなと思い、誰かが気づいてあげることをただただ祈るばかりでした。
しかし、よく見るとその方は日本人の女性でした。勇気を出して何とか女性のもとに近づき話しかけてみると、突然、違う言語が聞こえたことで周囲の人々は驚いた顔で私たち二人を見ていましたが、女性はほっとした表情を見せてくれました。
いよいよバス停についた時、私一人でどうやって車いすを下ろそうかと思案していましたが、たどたどしい言葉で周囲の人に「協力をお願いします」と伝えると、すぐに数人の方が手伝ってくれました。
女性は笑顔で何度もお礼を言いながら車いすを漕いで、元気に去っていかれましたが、私は何とも言えない思いを抱えたまま、再びバスに乗ることもなくそこから歩いて帰りました。
もしあの女性が日本人でなかったら、言葉がうまく話せないからという理由で私はそのまま黙って見過ごしていたのかなと思うと、自分が恥ずかしくなりました。
「行ってあなたも同じようにしなさい」(ルカ10・37)というイエス様のことばが、何度も心の中でこだましていました。
隣人愛と聞くと、いつでも思い出す出来事の一つです。