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隣人愛

コリーン・ダルトン

今日の心の糧イメージ

 福音書にはイエスがエルサレムで教えを諭す物語群があります。その中で律法学者がどの教えがもっとも重要かと尋ねる話が載っています。
 イエスは申命記とレビ記からの引用をもって、二つを挙げて答えます。(申命記6・4、レビ記19・18)

 イエスが言うに、初めの律法は、神を完璧に愛しなさいというものです。二つ目は、「隣人を自分のように愛しなさい」(マルコ12・29~31)です。これに類似した教え、特にこの二番目は「黄金律」と呼ばれ、多くの宗教的文化的伝統の一部ともなっています。

 隣人を愛する、それは一見それほど難しいことでもなさそうです。隣人とは近所に住む人々で、自分たちと共通するところもあったりします。隣人に親切にするのはおそらく誰にとってもよいことだ、と理解しやすいのです。
 ところが、現実には簡単なことではありません。だからこそ、家族も先生たちもこの黄金律をもちだすのでしょう。

 子どもの頃、テレビで「ロジャーズさんのお隣さん」という人気番組をよく見ました。いつもロジャーズさんが歌う場面から始まります。「ぼくのお隣さんになってくれない?」その歌詞は今でも耳から離れません。「きみみたいなお隣さんがいつもほしかったんだ!きみがいる近所でいつも暮らしたかったんだ!」

 するとロジャーズさんがカメラをのぞき込み、視聴者に呼びかけます。「ぼくのお隣さんになってくれない?」と。

 それは簡単なことではない!一体だれが、すべての人々に向けて、自分とは異なる人々、または遠くに住む人々に向けて言えるのでしょうか。
 「ハロー、お隣さん、自分を愛するように、きみを愛したいんだ」なんて。でも実はそれを、この黄金律は今日私たちにも要求しているのです。