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隣人愛

村田 佳代子

今日の心の糧イメージ

 「汝のとなりびとを愛せよ」子供たちは声を合わせて二回唱えました。
 先生は、「皆さんの一番そばにいる人は誰かな。まず、いつも近くにいる人と仲良くしなさい。そうすればいつの間にかみんな繋がって仲良くなれるでしょ。そうイエス様は教えて下さいました。守りましょうね」とおっしゃいました。

 私が小学校時代のことです。たしか1年生だったと記憶しています。

 毎朝学校に着くと黒板に「今日の聖句」と書かれていて「祈りを常にせよ」、「汝、右のほほを打たるれば左のほほも差し出せ」などと大きく書かれていました。
 まだ文語体の聖書の時代で、毎日大きな声で唱え、先生の解説を聞くのですから、6年間を終えて卒業するときには、ほとんど新約聖書それも四福音書はしっかり身につきました。

 この「汝のとなりびとを愛せよ」(参 マタイ22・39)のみ言葉は6年間に3、4回出会いました。そして学年が上がるにつれて先生も「隣人愛」という言葉を使われたり「愛」を使った他の言葉「熱愛」や「溺愛」について意味を教えて隣人愛を考えさせたり、「博愛」に至る希望を話して下さった先生もありました。

 でも、なぜか私の記憶に残るのはこの小1時代のことです。隣の席にいたランちゃんとすぐに打ち解けて仲良しになり、米寿を迎えた今も親友ですし、学校が変わっても互いに新しい隣人と仲良しになると紹介しあい、グループの輪がどんどん大きく広がりました。
 隣人愛の精神は思いがけない出会いをもたらしますし、どこでも自然体でいられます。

 ところで、聖書はいつしか口語体になりましたが、文語体は歯切れ良くリズミカルで、子供心に格好よく感じました。標語のようですし、時と場合により復活させてはと思います。