

このところ、私の心は、どうも穏やかではないようです。その理由はいまだはっきりしないのですが、どうやら高齢による、今まで感じたことのない虚しさと寂しさが原因のようにも思われます。
そのような日々の中で、イギリスで学んでいた頃の恩師の言葉を思い出しました。恩師は、孤独感の源は幼少時にある、という孤独論の持ち主でした。
「愛の孤独感は、どこから生まれるのか」、また「夫婦の争いもすべては愛の孤独からだよ」と彼は熱弁をふるっていたのでした。
私の「寂しさの源」はどこにあるかと探っていきますと、だんだんと分かってきたことがあります。私が生まれた昭和11年は軍事的な騒動があり、世界的にも戦争の匂いがただよっていた時代のようです。現在の世界も、あちらこちらで戦争が行われていて、心おだやかに過ごせているとは言えません。
私は子供の頃、不幸なことに「人さらい」にあった経験があります。あとでわかったのですが、父親が海軍の或るセクションにいたせいだったようです。その時の怖い体験が、心理学でいう「恐怖の原型」だったのでしょう。この原型が生涯つきまとうという話を、イギリスでの学生時代に、恩師から教えていただいたことを思い出しましたら、何か腑に落ちて、心が落ち着き始めました。
人間って複雑なようで、また、単純なように神様はお創りになったように思われます。
そういうわけで、このところ、天地創造をされた神様の子供である、イエス様に「今日一日、お世話になりました」と祈り、心おだやかに爆睡する日々です。