

日本の若者は、自己肯定感が低い――という言葉を、しばしば耳にします。しかしこれは、ただ若者だけに限ったことではありません。人から褒められた時、「いいえ私なんか......」と、否定します。素直に「ありがとう」と言えないのです。そして、「取り立てていいところなんて......」と続きます。さらには、「あまり謙遜であるのもよくない」といった言葉まで、聞き及びます。はたして真の謙遜の意味を理解しているのだろうか、と戸惑います。
そのようなことに思いを巡らしていたところ、一つのことに気づかされました。それは、真の謙遜と自己卑下との混同です。
世の中に、完璧な人はいません。人は誰でも、いい点もあればそうでない点もあります。それが私たちの現実です。そのような人間にとって、真の謙遜とは何なのでしょうか。
まず何か間違ったことをした時には、素直に謝ります(ごめんなさい)。またその一方で、何か人に褒められた時には、素直にそれを喜び感謝します(ありがとう)。
真の謙遜には、誠実さ、素朴さ、そして穏やかさがあります。それゆえ、それを生きている人は、周りに安心感を与え、平和の余韻を残します。そのような人は、ありのままの自分を受け容れられる人。その生き方は、きっと「足るを知る」生き方なのではないか、とそう思います。
必要以上に自分と他人を比較して、上から目線になることも、また自己嫌悪に陥ることもありません。
ラインホールド・ニーバーの「静けさを求める祈り」――「神よ、変えられないものを受け容れる心の静けさと、変えられるものを変える勇気と、その両者を見分ける知恵をお与えください。」
真の謙遜は、この知恵から生まれ、穏やかな心が育まれます。