

今から25年前、シスターになって初めて派遣された修道院には3名の高齢のシスターたちがいらっしゃいました。高齢といっても、それぞれ修道院の台所のお世話や畑仕事、お庭のお手入れや、時にはキリスト教に興味があるという方たちと一緒に聖書のお勉強をしたりと、とても元気な方々でした。
私が事業所の勤務を終えて修道院に帰ると、必ずどこからともなく「おかえりなさい。大変だったね、お茶でも飲みなさい」と声をかけてくださり、シスターたちの一声にホッとし、一日の疲れも癒されていたのを覚えています。
修道院を異動する時には「今度あなたと会う時は天国だね。お祈りしているから頑張りなさいよ」と声をかけて送り出してくれました。それから何度か修道院を異動することがありましたが、その三人の方々と一緒の修道院になることはありませんでしたし、その最期の日々にお会いすることもできませんでした。
しかし、ある晩、真夜中にコンコンと扉をノックする音に目覚め、扉を開けても誰もいないことがありました。その時は、怖いとか、気持ちが悪いというような思いは全くなく、そのまま眠りにつきました。翌朝三人のうちの一人のシスターが亡くなった、との知らせを受け、亡くなられた時刻を伺うと、ちょうどドアのノックの音を聴いた時でした。
「ああ、シスターが『天国に逝くからね』と教えにきてくれたんだな」と思い、そして私のためにずっと祈ってくれていたのだと思うと、胸が熱くなりました。
亡くなられた方々の永遠の安息を思いながらする祈りは、私にとって多くの人に支えられて今があるのだ、という感謝の祈りともなっています。