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忘れられない人

崔 友本枝

今日の心の糧イメージ

 私が人生で試練に遭ったとき、ある神父様が数年間、アパート代を助けてくださいました。当時の私は、祈ることも出来ないほど消耗しており、神学の勉強だけを支えに生きている状態でした。

 神父様は私だけでなく、いつも困っている人のために東奔西走していました。でも、走り回っているようには見えません。優しく余裕があって近づきやすい方でした。

 また、友人の話によると、病気で誰かが教会を休むと、「イエス様が来られましたよ~」と言って、すぐに「ご聖体」を運んで来てくれたそうです。

 「ご聖体」とは「聖なる体」と書き、ミサで「イエス・キリストのお体に変化したパン」を指します。

 それは、二千年前、イエスが最後の晩餐の席でパンを裂き、使徒たちに「これはあなた方のために与えられるわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」とおっしゃったことから始まりました。使徒たちはこの言葉の意味がわかりませんでした。

 翌日、イエスが十字架上で亡くなり、三日目に復活し、彼らに現れた後でようやくこの方がご自分の命を私たちに捧げたのだとわかりました。そして記念としてミサを始めたのです。

 「ご聖体」を拝領すると、力と励ましを受けます。私を助けてくださった神父様は、遠方の病人のもとにもよく「ご聖体」を運んでいたと聞きました。

 彼はユーモアもありました。「神は、父と、子と、聖霊の三位一体である」という難しいキリスト教用語も、この神父様にかかると「神は、父と子と聖霊。このお三方はそっくりさんです」とお茶目な説明になるのです。

 誤解や無理解など多くのご苦労があったのに、明るい光の中で生きておられる方でした。