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小さな幸せ

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 近年になって、「小さな幸せ」という言葉がよく聞かれるようになってきた。ポジティブな思考をすることで自分自身の心を守り、日々の暮らしの中に喜びを見出していこうとする生き方のことであるようだ。

 "よしなが ふみ"さん原作のベストセラー漫画で、テレビドラマ化、映画化もされた「きのう何食べた?」には、自分らしい生き方を選んだ人々の幸福な生活が描かれている。

 主人公、筧 史朗(かけい しろう)は弁護士で、望めば名を上げることも高収入を得ることもできるが、そんな野心はない。「そこそこの収入で人間らしい暮らしの方がいいわけよオレは」と言う。弁護士事務所を定時に出て、スーパーで食材を買って帰宅する。夕食を作り、パートナーと一緒に食べる至福の時間を持つためである。「仕事で案件を一つキレイに落着させたくらいの充実感を、一日に一度味わえるなんて、夕食作りって偉大だよ。」と言うほど、料理は彼の幸福の源泉なのだ。弁護士という仕事も、家事の一つである料理も、同じように大事だと考える新しいタイプの主人公である。

 彼はゲイであり、同居しているパートナーも男性である。二人だけで家庭は完結しており、貯金も自分たちの老後のためだ。彼らの日々は慎ましく堅実な「小さな幸せ」であり、自分の意志で選んだ心地よいサイズの幸せなのである。

 多様な属性を持つ人々が、自分たちの価値観を守って暮らすことのできる社会。それが私たちの願いだ。多くの人がこの物語に共感しているなら、そんな社会が近づいてきているのに違いない。

 食卓に出される一皿の手料理。イケメンで料理上手な筧史朗は架空の人物ではあるけれど、彼は「小さな幸せ」の見つけ方の一つを教えてくれたのである。