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ほほえみ

岡野 絵里子

今日の心の糧イメージ

 嬉しい時、楽しい時に人は笑顔になる。微笑む表情は民族、文化に関係なくどんな国の人でも同じであるらしい。人の微笑みは、自分が敵ではなく、親しい味方であること、相手を受け入れ、敬意を払うつもりでいることを伝える挨拶でもある。

 だが、日本を愛した作家ラフカディオ・ハーン(小泉八雲(こいずみやくも)) は、日本人の微笑みが、西欧社会にはない深い意味を持っていることに気づいた。

 彼は1895年に「日本人の微笑(びしょう)」という文章を発表し、赤ちゃんを亡くして激しく悲しんでいたお手伝いさんが、雇い主に報告する時は、自分を律して微笑んでいた例を出して、日本人の微笑は「自己を押し殺してでも礼節を守ろうとするぎりぎりの表現」であると述べた。自分に不幸があっても、相手に不快な思いや余計な気遣いをさせないよう、微笑んで他人と接すること。そしてそれは子どもの時から家庭で教えられる、とも考察している。

 百年前の高潔な日本人像が浮かんで来る。当時の人々にとって、微笑みとは他者に対する礼儀だったのである。

 現代人も本当の感情を隠し、笑顔で暮らしていることに変わりはない。日本人の本質が変わらないということだろう。しかし、社会の方が大きく変化してしまったようだ。社会の生きづらさ、人間関係の困難に耐えるうちに病んでしまう人が少なくない。俗にいう「微笑みうつ病」など、本人が苦しみを訴えず笑顔で無理をするために、抑鬱状態が悪化する例である。

 友人や同僚の不自然な笑顔に気づいて、助けとなれるようでありたい。その時には自分から微笑みかけたいと思う。微笑みは親しい味方であることを示し、喜びと幸福を差し出すものなのだから。