昨年、神奈川県の詩人会が主催する朗読会が横浜のジャズの店で行われて、とても素敵なひと時が織りなされました。私は司会を務めましたが、その会の前にMさんからご挨拶をいただいた時、そのハキハキとした様子から他の人にはない個性と明るさを感じました。
ご自身も詩を書いているとのことで、私は自分が講師をしている詩の文学講座にお誘いしましたが、ご主人様が闘病中であり、お越しにはなれませんでした。その2週間後に、まだ60代のご主人様は旅立たれました。
翌月、私が東京・浅草のギャラリーで朗読会を行うというお知らせをSNSでみてくださったようで、「朗読会に参加をしてもよろしいでしょうか?」と、ご連絡がありました。私は悲しみの中にいるMさんに、〈朗読会の最後に朗読をしていただきたい〉と心から願い、決めました。
当日舞台に立つと、ご自身の深い悲しみにはふれず、自作の詩と、ご主人様が好きだったという谷川俊太郎氏の詩を朗読した後、心のこもった歌を歌われました。その朗読と歌声から伝わるものがあったのか、会場は静寂と温かな拍手に包まれました。
後日、Mさんからいただいたお手紙には、喪失の悲しみを抱えながらも〈詩を書くことを自分の力にしたい〉という想いが語られていました。そして、ご主人様が入院していた病院で看護助手として働くことになり命の現場をみつめ、心の声に耳を澄ますことで〈心の栄養になる詩とは何か?〉を考えることができるかもしれない、という願いも記されていました。悲嘆を体験した後に、ご自分の生きる世界を見出されたことに私は胸を打たれたと共に、Mさんに宿る内なる強さを分かち合っていただいたことに感謝しています。