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大きな壁

こいずみ ゆり

今日の心の糧イメージ

 わたしにとって憧れのスポーツはクライミングです。山登りも、楽な道よりロッククライミングのコースを好みます。両手両足をしっかり使って上を目指すとき「生きている!」という喜びを感じます。

 ただ、日常生活で試練という大きな壁が立ちはだかる時、目の前が真っ暗になることがあります。歌を歌うようになった時もそうでした。

 15年ほど前、それまでは作詞作曲をしても人前で歌うことがなかったわたしに、神さまから「自分の声で届けてみなさい」という促しを受けました。

 当時、2曲も続けて歌えないほど身体が弱かったわたしには絶対無理だと思いました。なぜなら、歌手にとって何よりも体力が必要であり、しかも、アスリートのような日々の鍛錬を欠かすことができないからです。

 そんな使命を、弱いわたしが果たせるとは思えません。その上、発声のレッスンを願った先生にも次々と断られてしまいました。

 「神様は何をお考えなのでしょう。誰も助けてくれません」と書店の本棚の前で涙をこぼしたとき、ふと一冊の本に目が留まり、手に取ってみました。

 その本の著者が、今のボイストレーナーの先生です。これが運命の出会いとなり、今もわたしの音楽を支えていただいています。大きな壁に立ち塞がれて、手も足も出ず、涙がこぼれ落ちたその方向から恵みが押し寄せたのです。

 聖テレーズという聖人が「試練の壁を乗り越えられない」と嘆く修練者に対して「乗り越えるのではなく、簡単に下を潜ればよいではありませんか」と仰いました。

 自分の力で乗り越えようとする時、わたしたちは傲慢になることもあります。でも、遜って「助けてください」と願うときに、壁の下から新しい世界へ導かれるのかもしれません。