高校を卒業後、私は当時の悩みを日記に綴り、 それはやがて詩になっていきました。ノートを開き、自分の想いが一篇の詩になると、それは私の心を映す鏡のようで、今迄に経験したことのない静かな歓びがありました。
その頃、偶然観たテレビ番組で宮沢賢治の詩が朗読されていました。その時、私は〈詩とは何だろう?〉と思い、詩人という存在への想いが増していきました。以後30年以上詩を書き続けるとは、予想できないことでした。しかし、なかなか優れた詩は書けず、感情を吐露した作品も多く、人に見せることはできませんでした。
それから5年が経ち、私はテレビで紹介されていた東京都内のカフェでの詩の朗読会に参加しました。2回目に参加した時、朗読する私と聴いている人々との間に距離を感じ、〈もう人前で詩は読めない...〉と落胆しました。帰り道、その挫折感を年上の友人に話すと、「駄目じゃない、あきらめないことだ」と厳しくも愛のある言葉に勇気をもらい、翌月も私は舞台に立つことができました。
時は流れ、私は今年50歳になり、今迄書いてきた集大成として『我が家に天使がやってきた・小学生編~ダウン症をもつ周とともに』という詩集を刊行しました。障がいをもつ息子と歩む日々の気づきや、目に見えない風の導きを語るこの本が人々への贈りものになることを願い、先日、妻と息子の周とミサに与りました。
神父様は、イエスがパンと魚を増やし、人々に分け与えたという聖書の話を朗読しました。そして、「ささやかでも心を尽くして捧げたものに、神様の御業は働くのです」と語りました。私は〈今回の詩集を神様と、手に取る方々の心に捧げます──〉と両手を合わせ、祈ったのでした。