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光と影

古橋 昌尚

今日の心の糧イメージ

 私は、光よりも、そこからつくられる影の物語に惹かれます。

 ピエール・ファーヴルはサヴォイアの村で生まれ、パリで勉学中、ザビエルとイグナチオに出会います。福音を伝える同志のグループは、後にイエズス会という修道会になっていきます。

 イグナチオから欧州の町々に派遣され、宣教と仲裁の旅に就きます。各地をめぐり歩き、先々でその土地の天使に保護を願い、霊的な日記をしたためます。人を和ませ、仲裁するすべを身につけていました。

 ある時、告解を聴く約束をします。青年はなかなか現れず、聖堂で6時間も待ちぼうけをくらいます。(なんともどんくさい!)

 ところが、それは期せずして神との語らい、祈り、観想のときとなり、深い霊的な体験をすることになります。

 この話を読んだとき、ピエールにふれた気がしました。名もなき魂の救いのためにひたすら待ちつづけた人間をじかに感じたのです。

 イグナチオが、ローマの本部で発展し続ける修道会の運営に生涯を捧げ、ザビエルが、東洋の使徒として歴史に名を馳せる活躍をみせる陰で、欧州の町々に派遣され、人知れず旅をつづける宣教師がいました。

 「ほかの町にも神の国の福音を告げ知らせなければならない。わたしはそのために遣わされたのだ」(ルカ4・43)。このイエスの言葉に倣うかのようにピエールは町から町へと旅をつづけ、40の若さで亡くなります。

 「より大いなる栄光のために」生きた勇敢な聖人たちよりも、この小さきものに寄り添おうとした旅人に、人生の意味を照らしてもらったように感じます。その遺骨も一緒くたにされてしまいます。それでも、ピエールは今もひとりの名もなき人の声に耳を傾けていることと思います。