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繋がり

片柳 弘史 神父

今日の心の糧イメージ

 ローマ教皇フランシスコは、誰かと会うと必ず「わたしのために祈って下さい」と言う。

 全世界のカトリック信者の指導者であるローマ教皇という立場を考えれば、「あなたのために祈っています」というのが自然だろう。だが、彼はあえて「わたしのために祈って下さい」と言うのだ。誰かの祈りに支えられなければ、教皇の重責を果たすことはできないということだろう。「自分のような人間が教皇として働けるのは、皆さんの祈りに支えられているからです」。教皇の言葉には、そんな謙遜な思いが隠されているように思う。祈りには、誰かを支える力がある。届くかどうかわからなかったとしても、大切な相手のために自分の心をひたすら捧げ続ける祈りは、限りなく愛に近い。祈りに込められた愛の力には、相手を支える力があるのだ。わたしたちは、いつも誰かの祈りに支えられて生きている。目には見えない愛の力が、わたしたちを支えてくれている。そう考えると、とても心強い。

遠くにいる誰かと、あるいは近くにいてもなかなか心を通わすことができない相手とつながりたいなら、まずその人のために祈ることだ。捧げられた祈りが真実であるならば、その祈りは必ず相手の心に届く。ひたすら相手の幸せを願う純粋な愛は、必ず相手の心に届くのだ。祈りには、人と人とを愛の絆でつなぐ力がある。

祈りの力は、それだけではない。祈っている間、わたしたちの心は確かに神様と結ばれている。祈りには人と人、神と人とを愛の絆で結ぶ力があると言っていいだろう。誰かとつながって生きるために、神様とつながって生きるために、まず大切な誰かのために祈ることから始めたい。

(「心の糧」2017年11月28日のアーカイブス)