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自然への感謝

古橋 昌尚

今日の心の糧イメージ

 遠藤周作の『深い河』で、主人公の大津はフランスの神学校で自分にとっての神について語ります。それが美津子への手紙のなかで明かされます。

 「神とはあなたたちのように人間の外にあって、仰ぎみるものではないと思います。それは 人間のなかにあって、しかも人間を包み、樹を包み、草花をも包む、あの大きな命です。」

 神がすべてを超えたものでありながらも、人間や自然とともに、近くにおられるという感覚を訴えています。

 物語の終盤で、美津子は印度ヴァーラーナスィのガンジス河に自らつかります。彼女もまた自然と一体となることで、神に祈りを捧げます。「本気の祈りじゃないわ。祈りの真似事よ」、と照れるように弁解しながら。

 遠藤は作品で神を描くとき、よく自然をとりあげます。そこに神を見出すからです。神と人間との関係においても、重要な役割を自然に担わせます。そこに神が姿を現わすからです。

 マーティン・スコセッシ監督は、遠藤の『沈黙』との出会いから28年の歳月をかけて、映画『沈黙――サイレンス』を制作します。監督は、制作過程で日本人の自然観から学ぶことが多かった、と語ります。

 はじまりのシーンでは、虫の音が聞こえるだけで、背景に真っ暗闇が広がっています。映画はこの同じシーンで終わります。そのかすかな虫の音は静寂を引き立てます。遠藤自身が虫の音で神を示唆するように、監督は自然とその営みの背後に、またその根底に神がいることを仄めかしているかのようです。

 旧約の詩編作者たちも、神と自然とを捉えて高らかに謳います。

 「天は神の栄光を語り、大空は御手の業を示す。」(19・2)

 この広大な天も神がお造りになったもので、それが神の栄光を語っていると。