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人との絆

古橋 昌尚

今日の心の糧イメージ

 人とつながること、絆をもつことの大切さは、誰もが身に沁みて感じています。問題はいかにつながるか、どうその絆を育んでいくかです。

 米国の作家イーユン・リーは中国出身で、よく家族や親類、友人らとの絆を描きます。その絆が強すぎたり、思い入れが大きかったりしたときに悲劇がおこります。

 ひとつ「千年の祈り」という短編をご紹介します。

 1960年代~70年代に文化大革命を経験した男性が、あるとき、ロケット工学のプロジェクトから外され不遇な人生を送ります。国家機密なので家族にも充分に話せません。
 米国に移住した娘が離婚し、彼は心配で中西部を訪ねます。ところが娘は、中国の伝統的な結婚観や女性観をもった父親とつながりあうことができません。
 父は、公園で知りあった同年配のイラン人女性とは、言葉が通じずとも心でふれあえるのですが・・。
 彼女に「父と娘の間柄になるには千年の祈りがあった」という中国の故事を伝え、自分はよい祈りが足りなかったと呟きます。
 毎晩仕事から戻る娘に、手ずから料理をふるまいます。それを自らの「祈り」として。でも、娘にはそれも通じず、ほとんど箸をつけません。
 家族に自分はロケット工学者だと、生涯嘘をついてきた父親を、娘は許せません。早く中国に帰るよう促します。人との絆は重要なものであるだけに、その塩梅がむずかしいのです。
 父は秋の落ち葉を空にかざし、その精緻な葉脈を目にして、すべてが鮮やかに見えてきます。今を生きることを誓い、前を向いて進んでゆきます。

 この話から、よき意図があっても互いに理解しあえない人間の悲しさを見ます。それでも、人間の悲しみを見つめる目には暖かさを感じます。そこに神の眼差しをも覚えます。