60年ほど前に、私が五島を旅立つ時、多くの人におせん別やはなむけの言葉をいただいた。
松下佐吉神父様には「その場になくてはならない人になれよ」。
梅木ツル子教え方さまには「小さな花であってもいい、神さまに、よく咲いたと褒められるように、精一杯花を咲かせなさい」と言われた。
父からは「人に懐かしがられる人間になれよ」。
母からはひとことでは書けないくらい沢山の言葉をもらった。
その父母の言葉は『ことばの形見』という本に50の言葉としてまとめた。
おせん別で忘れられないのが、私と縁続きのT姉ちゃんとの思い出である。
T姉ちゃんは少女時代に神戸に住み、父親がボタン工場で成功し上海にも工場を持ち、大金持ちのお嬢さんとして育った。
しかし、戦争にまきこまれ、戦後は不遇の身の上となり、五島で住むようになった。だから、そのお姉ちゃんからおせん別をいただくなど夢にも思っていなかった。
しかし、お姉ちゃんはちびた下駄を履いて、お別れを言いにやって来た。T姉ちゃんはちり紙に包んだものを私の手に握らせた。
「美沙ちゃん、もっとあげたかったばってん、今はこれで精一杯、かんにんね。じゃばってん、祈っとるけんね」と、涙を浮かべて言った。あとで包みを開けると500円札が入っていた。それを見て、私は泣いた。
500円札もさることながら、「祈っとるけんね」という言葉が嬉しかった。
何よりも心に残ったはなむけの言葉であった。