人生において、旅に出る機会は意外と多いものだ。修学旅行や家族旅行・・。会社の出張も仕事ながら、知らない土地への短い旅と言えそうだ。だが何と言っても、人生で最も大きな旅立ちは、この地上の肉体からの旅立ちだと思われる。
87歳になる詩人硲杏子さんは、数年前に、高名な画家のご夫君を亡くされた。今は独りで静かに詩境を深めておられる。
死者に寄り添うように、硲さんの詩の言葉は永遠の命について書かれ、今年「残照・その後」という詩集にまとまった。硲さんは、古代ケルト人の言葉「死は長い生の中の中継点に過ぎない」を引用した後、死を「新しい 生 への扉である」と書き、「いずれあなたも私もあの森の中の土となり / 今日の続きを生きることになる」と詩人らしい言葉で表現している。
この「あなた」とは、亡くなったご夫君のことだろう。お二人は、豊かな自然の恵みである森のそばに住んでおられたのである。
新しくて、なおかつ今までの続きでもある「生」を生きるとは、実に興味深い。今までの人生を幸福に暮らしてこられたので、お二人にとっての天国は、別世界ではなく、この世界そのものなのである。永遠の命は、生きていた日々からすでに始まっていたのだ。そして人間も森の土も、共に巡る永遠の一部なのである。
澄み切った孤独の境地から、深い詩の言葉は生まれた。思惟を重ね、人生の時間を浚うようにして、詩人は永遠の命を見つけたのだと思われる。
死が無でも滅びでもなく、永遠の命に繋がると信じてこそ、「旅立ちと言えるのだろう。私たちそれぞれの旅とそれまでの日々が、どうかよきものでありますように。