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扉を開ける

林 尚志 神父

今日の心の糧イメージ

 約3年間、何とかコロナに感染しないで、遠方や都会の雑踏へも、必要に応じ慎重に行っていたのですが、何処か慢心もあり、昨年秋、遂に感染してしまいました。高齢者で基礎疾患有りのため緊急入院。それは手厚い処置で、大事に至らず回復し、感謝でした。

 退院後は軽い後遺症的な不調で、心身共に少し閉じ込められた感じで、周囲の人も大人しくしている方が良いと勧めました。

 その頃、釜ヶ崎での会議が予定されていました。欠席して当たり前かな、でも日帰りの参加を打診したところ、返事は「熱烈歓迎」。

 約40年前から何回か足を運んだ現地に着くと、環境の変化は敏感に感じましたが、変わらない状況が一気に迫ってきました。

 公園と路上に昼ご飯の為に並ぶ人々の姿。私よりもうーんと若い世代の人が腰を少し曲げ、重い表情で並び、様々な場所で黙々と食べている姿です。其の日の昼は300人分の炊き出しが2か所でした。

 その10日後、島根県出雲の山の中にある禅寺に高校生の修養会に出掛けました。お寺の和尚さん達に坐禅・食事・掃除などの指導を受けます。

 本堂での講話で住職と神父の二人が高校生に向き合います。もう47年目の学校行事なのです。

 食事・精進料理を頂く作法の中で、ひときわ心打たれる作法がありました。食前のお経の後、それぞれが自分の食べるご飯から、先ずこの世の食事が食べられない人々の為に、箸で一掴み別のお皿に分け置くのです。お寺の方がそれを集めて行かれます。

 自分が食べる前に自分の食べる分を食べられない人々の為に分ける。これは「生飯」(さば)と呼ばれる作法・修行だそうです。

 高校生の顔が輝いています。釜ヶ崎で見た現代日本の、そして世界の現状の扉を開く、一瞬の光が差し込んで来ました。