▲をクリックすると音声で聞こえます。

捧げる

中井 俊已

今日の心の糧イメージ

 重い病の人達のために生涯を捧げた明治生まれの女性の話です。

 その人、井深八重さんは、英語教師として有能で美しい女性でした。ところが、22歳の時、皮膚の異変からハンセン病と思われ、静岡県の神山復生病院に隔離されます。肉親、親族から縁を切られ、毎晩泣き明かし、何度も自殺を考えました。しかし、3年後、症状が消えていた八重さんはハンセン病は誤診だと告げられます。

 真実を知った八重さんは「もし許されるなら、ここで働かせてください」とフランス人院長レゼー神父に頼みます。病院には看護師がおらず、ただ一人の医師レゼー神父が献身的に治療をする姿に感銘を受けていました。

また、重い病であっても希望をもって生きる患者達とふれあい、彼女も深い生きがいを見出していたのです。

 八重さんは、看護学校で看護師の資格を得て、病院に戻ってきました。看護師の業務だけでなく、炊事や食事の世話、病衣や包帯の洗濯などの雑務、畑仕事、義援金の募集や経理もこなし、休む暇もなく働きました。

 その献身的な仕事が社会的にも認められ、ナイチンゲール記章や黄綬褒章などを授与されます。 けれども、彼女には、患者達から「母にもまさる母、八重さん」と呼ばれるのが、一番の賞だったかもしれません。

 八重さんは、1989年に91歳の生涯を閉じました。生涯の69年を捧げた病院の敷地内にある墓碑には「一粒の麦」と刻まれています。

 「一粒の麦は、地に落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ」(ヨハネ12・24)

 墓の前で手を合わせながら、彼女の生き方は、一度も会ったことのない私の心にも実を結んできたのだと感じ入りました。