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捧げる

湯川 千恵子

今日の心の糧イメージ

 子どもの頃、母親代わりの伯母が、毎晩仏壇の前でお経をあげるのをそばで聞くのが好きだった。灯が揺れる雰囲気に人の力を超えた尊い存在を朧に感じた。お経の初めを覚えて一緒に唱えていると「チエコー」という処があり、自分の名前を呼ばれている様で、それを聞くと安心した。成人してその「チエコー」は真理を悟る『智慧の光』と分かり、大笑いしながらも不思議な縁を感じた。

 後に長女のカトリック幼稚園でキリストの教えに触れ、万物の創り主の神が私たち人間を無条件に公平に愛しておられることを知った。

 しかし仏教の土壌に生まれ育った私は、世俗化した中世のカトリック教会に誤解があり、素直に礼拝できなかった。

 しかし、神を「アバ」と呼びかけて私たちにもそうせよと勧めるイエス・キリストの言葉に出会った。(参 マルコ14・36)

 「アバ」とは父親を「パパ」と呼ぶ幼児語とか。イエスは人類の救いのために神から遣わされた神の御子である。

 一歳未満で父を亡ない、「パパ」と呼ぶ人がいなかった私は、神のことを親しく「パパ」と呼ぶことに慕わしさが募り、イエスが父と呼ぶ神を礼拝する気持ちに変えられて、3か月後、夫と共に一家で洗礼を受け信仰の道を歩み始めた。

 あるシスター曰く「伯母様のお祈りがあなたの宗教的情操教育となって導かれたのね!」

 以来、事ある毎に助けを求めて、イエスと母マリアの生涯を黙想する「ロザリオの祈り」を捧げている。マリアは神への取り継ぎ手。散歩の時もロザリオを唱えながら歩くと、天からの光に照らされて悩みの黒雲は消え去り、いつも喜びに満ちた平和な心で帰宅している。

 助けを求めて素直に祈ることを日々体験して、感謝と賛美の毎日である。