戦後の大スターといえば、美空ひばりでしょう。
彼女が、当時新宿の西口にあった精華学園の高校3年生だったとき、学園理事長の石井満先生のお誕生日を祝う会がありました。先生は日本出版協会の会長でもあり、当時、神田で出版業をしていた私は、先生とも懇意にさせていただいていましたので、お祝いの席に招待されたのでした。
そのとき、お母さんと一緒に来られていた美空ひばりさんが、一同を代表して、花束を贈呈されました。
その後、先生がご挨拶をなさいましたが、その中で、ひばりさんについて、「彼女は、中学に入学した時から、華がありました。例えば、彼女が演劇に出演すると、彼女が現れただけで、ぱっと花が咲いたように舞台が明るくなるのです」と言われました。
そして、「彼女には華があると共に、輝いてもいました」と言われました。実際その会場のひばりさんの席も、明るく輝いていました。
直接、お話しすることはなかったけど、先生が紹介してくださり、嬉しかったことを覚えています。
このことだけでなく、ささやかな出版業をしていた関係で、当時の知識人や、大学の教授たちにお会いする機会がありました。
その中で、特に印象に残っているのは、当時の東大総長、南原繁先生でした。下落合のご自宅にお邪魔したときには、丁寧に応接間に迎えてくださり、一時間ほどお話を拝聴することができました。
謙虚で温厚な方で、そして輝いていました。
ひばりさんのように、華があるということは、先天的なカリスマでもあるでしょうが、その人が輝いているというのは、内面にある人格の力かと思います。
無理しなくても、内面に真の美があれば、それが自然に外に輝いてくるのではないかと思うのです。