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輝く

松尾 太 神父

今日の心の糧イメージ

 輝くものは数あれど、中でもいつも美しいと思わせられるのは人の目です。

 幼い子どもたちの目はほんとうに透き通っていて、星よりも輝いて見えます。

 先日、小学生の子どもたちの授業をしました。イエスさまの紙芝居が始まったとたん、あっちこっちに気を取られてキョロちゃんだった子どもたちの目が、いつの間にか真剣なまなざしに変わり、みんな紙芝居の中のイエスさまの活躍を一心に見つめています。その顔はほんとうに輝いて見えます。なにかに全身全霊を傾けている人の目は輝くのです。

 大人にも目が輝いている人がいます。先日、教会のルルドの泉の周りを驚くほどきれいな石畳へとリニューアルしてくださった職人の信者さんが、工事中にルルドの前を通るたびに、そこに込められた創意工夫についていろいろと話してくださいました。その方は、マリア様の素晴らしさがみんなに伝わるように一つひとつの石に凝らした工夫について、目をキラキラさせて語ってくださいました。

 またある日曜日のミサのあと、おばあちゃんの信者さんたちふたりにあいさつしたら、なんの変哲もないあいさつに対して、まるで天使が訪れたかのように、目を輝かせてあいさつを返してくださいました。まさに「主を仰ぎ見て、光を受けよう。主が訪れる人の顔は輝く」という聖歌のようでした。その方たちの輝く顔をみながら、ぼくもそのように人を見ることができたらどんなにすばらしいだろうと思わずにいられませんでした。

 やはり、老いも若きも一人ひとりの心には、「闇から光が輝き出よ」(Ⅱコリント4・6)と命じられた神からいのちの光が与えられているのでしょう。どのような時代でも、その輝きは尽きることはないということを日々教わっています。