インドの寓話です。
ある水運び人は二つのつぼを天秤棒の左右につけて肩にかけ、ご主人のために毎日水を運んでいました。
でも、片方のつぼには、ひび割れがあったので、いつも水が半分こぼれていました。ひび割れつぼは、情けなく思い、いつもみじめな気持ちになるのでした。
2年が経ち、ひび割れつぼは、水運び人に言いました。
「私にはひび割れがあって毎日水が半分こぼれ、あなたの役に半分しかたっていません。それがとても辛いのです」
それを聞いて水運び人は、優しく言いました。
「今度歩く時に、道端の花をよく見てごらん」
すると、毎日通る道に美しい花が咲いていました。
「ほらね、道端の花は、君の側にしか咲いていないだろう。僕は君の通る方に花の種をまいておいたんだ。毎日そこを通るたびに君は種に水をやり、花を育ててきたんだよ。僕はその花をご主人の食卓に飾ってきた。君のおかげでご主人は、きれいな花を眺めながら食事を楽しむことができるんだよ」
この話は、人と接するとき、また自分をみつめるときにも、大切なことを教えてくれるのではないでしょうか。
恐らく人はみな、人それぞれのひび割れをもっています。
ひび割れを見つけたとき、できること、それはひび割れを恥じることでも、責めることでもないでしょう。ひび割れをふさいでしまうことはできるでしょうが、もっと良いのは、この水運び人のように、そのひび割れを活かすことではないでしょうか。
幸い私たちは、ひび割れがあっても、そのままの自分で神様から愛され、活かされています。
今のままで歩みながら、水を運び、花を咲かせ、身近な人や神様を喜ばせることがきっとできるのです。