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見舞い

遠藤 周作

今日の心の糧イメージ

 友人が胸を悪くして入院したので早速、見舞いに行きました。私自身も病気で長い間入院生活をしたので、彼の気持ちは多少、わかっているつもりでした。

 病気の見舞いというのはやさしいようでムツかしいものです。見舞いにいく側はたかが30分ぐらい話しこんでもいゝだろうと思いますが、病人は一日に次々と見舞客に接して、無理に元気そうなところを見せたり、笑ったりしなければなりませんから、これが意外に疲れるのです。一人30分の見舞いでも5人を相手にすれば2時間半にもなります。

 私はだから一緒に連れて行った妻にも、10分したらさっと引きあげようねと言っておきました。

 見舞品のえらび方というのも意外に注意を払っていゝものです。私の経験ではたいていの人は花とか、お菓子をもってきてくれました。

 花やお菓子を頂くというのは有難いのですが、弱った体には、あまり沢山の花が部屋にありますと、その匂いで息苦しくなる時もあります。クッキーやカステラのようなお菓子はどなたも持ってこられるので、しまいには頂いてもありがたくなくなってきます。

 病人にとっていくらあっても有難いのは、タオルや枕カバーやパジャマです。パジャマは値が張りますがタオルなどを幾つかそろえて持っていってあげると意外に悦ばれるものです。

 病人は妙に神経が鋭くなっていますから見舞客が義理できてくれたのか、本当の友情で来てくれたのか、すぐわかります。見舞品がいくら立派でも、義理だけで持ってきてくれたものは 一向に有難くありません。私が病気をしている時、友人が、俺、金がないからと言って、一個のレモンを枕元において恥ずかしそうに帰っていきましたが、そのレモンを私はどんな高価な果物籠よリも、嬉しく思いながら眺めた記憶があります。