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委ねる日

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 九官鳥のヒナが実家に来たのはいつ頃のことだっただろうか? 

 祖父母が他界し、しばらくした頃だったと思う。父は九官鳥のヒナを買ってきた。まだ羽も生えそろわず、クチバシもやわらかいヒナだった。そのヒナはうちに来た早々、風邪を引き、呼吸も荒くなり、獣医さんに連れて行った。薬をもらってきたが、一晩、もつかどうかと言われてきた。その日、父は出張だったため、母が瀕死のヒナの面倒を見ることになった。母はコタツにあたり、両手でヒナをあたため、風邪薬をエサに混ぜて飲ませ、徹夜で看病した。次の日、父が帰宅する頃には、九官鳥のヒナは持ち直していた。

 父は母が小さなものに寄せる心優しさに打たれていた。九官鳥はムサシと名付けられ、その日を境に母だけに懐くようになった。母がそばに来るとジッと耳を澄まして、自分に話しかけてくる母の声を聴いた。

 母が外出すると、私がエサを頼まれるのだが、手のあちこちをくちばしでつつかれた。ある日、母そっくりの声で次々と言葉を話しはじめた。高く甘美な声で「おはようございます」「は~い」など...。

 ムサシはたくさんのことばを覚え、それが評判になり、老人ホームなどの慰問を依頼された。市の広報にも、母とムサシが写真入りで記事になったことがある。

 平和な歳月が流れ、ムサシは歳をとった。今度は両親に連れられ病院に行き、酸素テントに入ったが、もう老衰で助からないと言われ、家に連れ帰る途中に死んだ。両親とも号泣したという。

 それからまもなく、父はガンになり、およそ2週間で亡くなった。けれども、九官鳥のヒナが命を委ねた母の手は、神様が人間を包む愛に限りなく似ていたのを見た父は幸せだったと、ふと思い出す。