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喜びの日

シスター 萩原 久美子

今日の心の糧イメージ

 長崎の小さな片田舎で育った幼い頃の私のクリスマスの思い出といえば、クリスマスには決まって新しい服か、新しい靴を買ってもらうということです。そして、クリスマスの真夜中のミサには、それらを身につけ、暗い夜道を懐中電灯の灯りをたよりに、父と母、妹と手をつないで教会へ行っていました。ミサが終わって帰ってくると、クリスマスケーキを家族みんなで切り分け、ワイワイと話しながら食べ、眠りにつく。

 イエス様の誕生にどのような意味があるのかということよりも、クリスマスには新しい服か靴を買ってもらい、家族みんなでミサにあずかり、ケーキを食べる。クリスマスとは、そういう「喜びの日」なのだと幼心に思っていました。しかし大きくなって、世界中には親や家族を失い、衣食住にも事欠く大勢の子供たちがいるということ、そして、戦禍に追われ恐怖に怯えながら過ごしている多くの人々がいる、という現実を知った時、とても大きなショックを受け、あの喜びは当たり前のものではなかったのだと思ったことを思い出します。

 「喜びの日」それは、誰にとっても特別な感情をもって思い起こされるものだろうと思います。そして、それは、後々までもその人の心を温かく包み込み、時には弱く震える心に小さなともしびを灯してくれるものでしょう。

 イエス様の誕生の出来事も、2千年前のあの日に起った出来事ではなく、今もなお多くの人々の心に喜びと平安、慰めをもたらしてくれています。

 クリスマス。イエス・キリストという希望の光が全ての人々の心を明るく照らし、何者にも奪われない「喜びの日」の訪れをすべての人々と共に喜び分かち合う日が来ますように。