「麗しい」という言葉を聞くと私は、女優のオードリー・ヘプバーンを思います。美しく大きな瞳、気品のあるしぐさで世界中の人を惹きつけた彼女は、オランダ人の母とイギリス人の父との間に生まれました。
両親は、彼女が6歳の時に離婚しています。父との別れは生涯の傷となり、「暖かい家庭をもつこと」が人生の目標になりました。
第二次世界大戦が勃発したときはオランダのアルンへムで暮らしていました。平和な町が突如、ナチスと連合軍の激戦地に変わり、飢えに苦しむ日々が続きます。
大人になっても食事を多く摂取できない体質になったのはこの時の飢餓状態が原因だといわれています。誰もが憧れるほっそりとした体型の背景にはすさまじい経験が隠されていたのです。
15歳だったヘプバーンは、命がけでブーツの中に秘密の文書を隠して運び、ナチスへのレジスタンス活動に協力しています。
女優になると、華やかで明るい映画には出演しましたが、『アンネの日記』の主役には「アンネはあまりにも私に似ているから辛い」と引き受けませんでした。
晩年は、ユニセフ親善大使として飢餓に苦しむエチオピア、栄養改善プロジェクトのためにベトナム、安全な水の提供のために中南米を50回以上も訪問し、子供たちを幸せにしようと世界に支援を呼びかけました。「子供よりも大切な存在があるでしょうか」と言って。
ヘプバーンは、まるで十字架の死から復活したイエスさまのように、受けた傷ゆえに他の人を包み、生かそうとした人です。
もちろん、その人生には失敗もあったでしょう。それでも苦しみと傷の痛みを愛に変えた「麗しい人」だと認めざるを得ないのです。