小高い丘をくだる途中で、花の手入れをしている朱美さんに出会う。
いつごろからか朱美さんに挨拶をするようになり、時折、朱美さんは庭の花を見せてくださるようになった。
早春には雪割草、小さい黄色のパッションフラワー、赤いぼんぼりのような千重咲きボタンイチゲ、春にはスィートロケットが咲き、レースフラワーが咲く。初夏にはモーツァルトの妻コンスタンツェのバラ、プリンセス・ドゥ・モナコ、詩人のピエール・ドゥ・ロンサールなどのバラが咲く。
これらの花は朱美さんに語りかける。「お水をもう少しくださいな...」「もう少し陽のあたるところに移してくださいな...」
朱美さんは最近足の具合が悪い。医者に行ったら、両膝の手術を勧められ、しばらくリハビリするように言われたが、朱美さんは、これから次々と咲く花の世話があるからと一蹴した。自分よりも花のほうが大切だと言い切った。麗しい花園を守るには命がけなのだ。
朱美さんの庭にはターシャ・テューダーの愛した花がたくさん咲いている。ターシャの庭は北欧の花がほとんどなので、温暖な土地での朱美さんの気遣いは一通りではない。地温の高いところには植えられない。そこでご主人に松や槙の木を丸屋根のように剪定してもらい、その下に植木鉢をぶら下げている。
昨年、朱美さんの庭のスィートロケットの種は、ある童話作家を通じて秋田の女子修道院に送られた。広大な敷地に蒔かれた花は、春と秋、晩の祈りの始まる頃、甘い香りが修道院を包むだろう。朱美さんは庭で幼な子のようにマリアさまにむかって歌をうたう。
マリアさま マリアさま わたしのすきな だいすきな イエズスさまの おかあさま