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挨拶

植村 高雄

今日の心の糧イメージ

 世界各地に語り伝えられている民話には、似たような話があります。

 それは「自分から挨拶をしてはいけない」という話です。いつの時代でも、その地の長が息子や娘に、そう言い聞かせるのです。相手がきちんと挨拶してきた時、初めて、こちらから頷くような態度で、堂々と挨拶するようにと、子供に躾けるわけです。時代と立場で、そうするのが良い場合もあるかもしれません。

 さて、私が幸せな気分になり、一日、元気だった思い出があります。それは大学に入り、下宿から駅に向かう途中で素敵なお嬢さんにお会いするのですが、いつもツンとしているのです。ある雨の日、いつものようにツンとしていますので、あ、あ、と思った途端、石に躓いて教科書が入った鞄と共にひっくり返ってしまいました。するとそのお嬢さんが駆け寄って下さり、大丈夫ですか?と声をかけてくれたのです。

 それ以来、お会いすると、いつもの「ツン」の替わりに「ニコリ」と無言の挨拶をしてくださるようになりました。そんな日は大学の難しい憲法の講義も難なく理解できる頭の冴えがありました。この思い出は生涯を支配していて、社会に出てからの難しい会議や交渉、海外旅行でもこの思い出がとても役に立っています。

 一言の挨拶、しかも、不安感や怒りでイライラしている時に、かたわらの人がさりげなくかける言葉に元気が出てきます。明るく元気に生きていくためには、難しい哲学書も大切ですが、こうした日常生活での「挨拶」のタイミングと優しい心配りの中にこそ、素晴しい知恵があるようです。

 日常生活では恥辱、疑惑、罪悪感、孤立感がありますが、微笑みと共にされる美しい挨拶は、それを消してくれます。

 良い挨拶は人類の宝物のようです。