一戸建ての家に住む友人が我が家を訪ねてきたとき、驚いてこんなことをいいました。
「みんな、『こんにちは』って言い合うんだね」。
言われてみるとたしかに、親元で一戸建ての家に住んでいたころ、近所で挨拶を交わすのは顔見知りの人だけでした。ところが、マンションでは、エレベーターやロビーで出会うと、それなりの確率で、顔見知りでなくても挨拶を交わします。それは「私はこのマンションの仲間で、怪しい者ではありませんよ、お互い平和に暮らしましょうね」というシグナルの交換だからなのです。
私の住むマンションは新築だったので、全員が新居として入居しました。そのため、当時立ち上がっていたインターネットの掲示板では「挨拶を交わしましょう」と呼びかける投稿が相次ぎ、年数を経たいまでもその雰囲気が引き継がれているようなのです。
マンションではプライバシーに立ち入らないよう、お互いの距離感にはことさら気を遣います。一方で、大きな建物の中にみんなで住んでいるという連帯感も生まれます。そこから、適度な距離感を保ちながら挨拶を交わすという、独特のご近所文化が育っているのでしょう。
冷たいという人もいますが、私はこの文化をなかなか気に入っています。助け合わないわけではないし、一方で、近い距離の住居であまり立ち入られるのは、お互いに困るからです。
人は神様の手のひらの中にいると譬えられることがあります。
マンションでの距離感は、何となくそれに近いようにも思えます。
世界中の人々が、地球という大きな住処に暮らし、互いを尊重し合いながら挨拶を交わす・・・。世界平和の根源は、案外そんな素朴なところにあるのかもしれません。