オランダのヴェスターヴォルク駅で列車は停車した。その中に十字架のテレサ・ベネディクタ修道女がいた。その駅で彼女は、「私たちは東に向かって走行中」とのメモを知人に託した。
この修道女こそ、女子校で教鞭をとったり、フッサールの助手となったこともある哲学者、エディット・シュタインである。彼女は友人の家で過ごした時、アビラの聖テレサの自叙伝と出会い、ユダヤ教からカトリックへと改宗の決心をする。改宗してまもなく、カルメル会への召命を受け、42歳でケルンのカルメル会に入会。47歳で終生誓願を立てた。
この頃は、第2次世界大戦の始まる直前で、ヒトラーが率いるナチによって、ユダヤ人の迫害が始まった。エディットの身も危険になり、オランダのエヒトに移転する。
ここでエディットは著書『十字架の学問』を書いていたが、未完のまま1942年8月2日、ナチによって逮捕される。ヴェスターボルクに移送され、さらに8月9日、アウシュヴィッツ強制収容所に到着し、その日のうちにガス室で殉教。享年51歳だった。
エディットのメモ、「東に向かって走行中」という意味が私には不明だった。
ある日、「東」はラテン語のオリエンス(日出ずるところ)を指し、昇る太陽、つまりキリストに向かっているという意味だと知った。
通常、人間はどうあがいても無欲無私にはなれない。
エディットは修道服を剥がれ、裸の人間となった。ガス室を祭壇として人類の罪を雪ぐために身を献げる時、無欲無私になった。この時初めて、無欲無私は、キリストを埋葬する時に使う没薬のような香りを放つ。
1998年10月11日、エディット・シュタイン、列聖される。