私が思春期に影響を受けた歌手のOさんの誕生日に、生前、彼が暮らしていた街を20年ぶりに訪ねました。当時はファンの集った家があり、〈再会できる人も来ているかもしれない...〉と、すでに建て替えられた家のインターフォンを緊張しながら押すと、懐かしい女性が姿を見せてくれました。Oさんが若くして世を去った30年ほど前に、悲しむファンを想い、彼のゆかりの地に住む女性とご主人は自宅を開放し、いつしか若者たちが語らう部屋となりました。ご主人は数年前に天寿を全うされ、女性の変わらぬ笑顔を見ると、時が戻ったような嬉しい気持ちがしました。
当時、このご夫婦は訪れる若者の悩みに耳を傾け、女性が得意料理のから揚げをふるまうと、皆に笑顔が生まれました。やがて、うつむいていた若者たちは英気を頂き、家路に着くのでした。
「ファンの皆はもう家には来ていないのよ」という女性の言葉に拍子抜けしたものの、頭を下げ、心をまっさらにしてから、私は歩き始めました。すると小さな看板が目に入り、小路の奥に民家が見え、玄関に立つ人が、「ここは芸術大学の学生さん等が交流するコミュニティです。少し休んでいきませんか?」と言ってくれました。Oさんを偲んでこの街に来たことを伝えると、「確か、Oさんは駅に近いマンションに住んでいて、その建物の中にレストランがありますよ」と教えてくれました。
私はレストランに立ち寄り、物思いに耽り、Oさんのおかげで夢を与えられ、今も詩人として歩んでいることを感謝しました。そして、あの頃に自宅を開放し、ファンの皆に温かいひと時を与えてくれた女性と、在りし日のご主人の笑顔を想い浮かべながら、静かな感慨に浸ったのでした。