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無欲無私

森田 直樹 神父

今日の心の糧イメージ

 今から40年も前の、私がまだ高校生の時の出来事です。

 ある日のこと、学校からの帰り道、学校近くのバス停でバスを待っていた時です。ぼんやりとバスを待っていると、私の目の前で、バイクに乗っていたおじさんが、転倒されたのです。突然の出来事で驚きました。同時に次のような思いが頭をよぎりました。「このおじさんを他の生徒が見ている前で助けたりしたら『あいつカッコつけてる』と思われるかもしれないな。少し恥ずかしいな。」

 そしてしばらく、バイクの下敷きになって動けないおじさんを眺めていると、何とも言えない気持ちになりました。気が付くと、足がバイクに向かい、一生懸命おじさんをバイクから引き出している自分の姿がありました。

 まもなく、周りの大人の人たちが手助けしてくださり、誰かが呼んでくれていた救急車が到着し、おじさんは救急車で病院に運ばれて行きました。

 そして私は、ほどなくしてやってきたバスに乗り、家路についたのでした。

 今でも鮮明にこの出来事を思い出せるのは、私にとって数少ない「無欲無私」の出来事だったからかもしれません。倒れていたおじさんの姿に深く動かされ、居ても立っても居られない状況だったのだと思います。気が付くと体が動いていたのも不思議な体験でした。

 聖書によると、イエスさまは、多くの困難や苦しみ、病気を抱えた人たちと出会う時、居ても立っても居られない思いで、一人一人に出会っていたようです。「無欲無私」の姿で、人々と出会われていたのです。

 この姿は、私たち一人一人が困っている人たちに手を差し伸べるきっかけとなっていきます。特にこの季節、他者に対する感受性をしっかり持ち続けたいと思います。