▲をクリックすると音声で聞こえます。

まなざし

堀 妙子

今日の心の糧イメージ

 マザー・テレサのまなざしは、私に先が見えなくても喜びにあふれて歩むための愛の光線になった。今でも1984年11月、マザー・テレサが来日し、仙台の教会での講演を聞きに行った時のことを思い出す。当時、私は米沢に住んでいた。ボストン生まれの司祭と信者二人で「マザー・テレサの講演に行こう」ということになり、朝4時に司祭の運転する車で出発した。

 司祭は、ニール・ダイアモンドの「スィート・キャロライン」などを大音響で流した。マザー・テレサと会える喜びに心躍ったのだろう。後部座席に座った私たちは「な~んだべ」と言いながらも受け入れた。8時前には仙台の教会に着いた。教会の聖堂の会衆席はいっぱいで、私たちはそれぞれ席を探した。私は前から3分の1程の中央通路に面した席に座った。私の前の席は子ども一人が座れるぐらいの幅で空いていた。

 祈りながら、マザー・テレサの到着を待った。歓声が湧いた。マザー・テレサが到着したのだ!マザー・テレサが通路を歩いてくると、聖堂の空気が変わった。小柄で歩くスピードが速い。1番前のゲスト用の席に座ると思ったら、なんと私の前の少し空いている席に座った。マザー・テレサの「私は自分の好きな席に座るの」と、幼い子どものように輝くまなざし。私はマザーの自由さに感動した。

 講演を促されると、さっと移動してマイクの前に立ち、憂いを含んだまなざしで、誰にも顧みられないホームレスの方がた、人工妊娠中絶される命に対して、無関心である日本の現実を訴えた。神様からいただいた命と時間を、自由な発露で行動していくマザー・テレサ。彼女は主キリストの愛のまなざしを余すところなく映し出している。